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葬式での再会
2005-09-30 Fri 01:31

今日は亡くなった祖父の通夜に参列してきました。末期の水をとったり、湯灌をしたりと全て初めて尽くしでした。いや勉強になった。いろいろと。


すでに98だった祖父の遺体は綺麗に死に化粧を施され、70代くらいに見えてました。うちの家系は元々若く見えるのもありますが、仕事する人が見事だったということですかね。
生前の品をお棺に入れて、旅支度をさせます。足袋、脚袢に手甲、編み笠、金剛杖。人生は旅の如くとはよく言ったものだけど、人は死んでも旅に出るんだね。まさに人間は永遠の旅人なのかもしれません。




そして、思わぬところでの再会は、その葬儀場に中学時代の同級生の女の子が勤めていたという事。祖父の通夜の司会も担当してくれていました。そこを突っ込んだら苦笑してましたけどね。
何か見覚えのある顔+名札で判別したんですが。まぁ地元は狭いからね…。

ちょっとした再会に話に花を咲かせつつ帰って参りました。これも何か奇特な縁ですな。




祖父が亡くなったという事実。まだ実感沸かないです。だからでしょうか、涙が出ません。ただ身体の内側には、どこかぽっかりと隙間が出来たような気がします。ここ最近は家が隣同士であっても、病院に入院してたし、ろくに会いに行ってない不幸な孫だったので、余計なのかもしれません。

それゆえ実感が沸きません。本当に。最後に会いに行った時は、物凄い力で手を握り返してくれたのにね。痛いくらいに。98の老人の力とは思えないくらいに。



意識もしっかりしてたしね。私に似ている看護士が乱暴に鼻にチューブ差すんだって、怒ってたしね。そしたら私の方が男前だね、って笑ってたっけ。



祖父の昔の写真を見せてもらいました。やはりここ数年で急速に老け込んだなーと思いました。多分自分の中では自分が小学生頃の、正月になればお年玉をくれて、軒先で盆栽をいじったり、詩吟が好きでよく詠っていた祖父が瞼の祖父なんだろうな、と思います。いつまでも元気で、若々しくて。で、その時の自分はまだ子供なわけです。


何書いてるか分かりませんが、私の祖父の印象は、痩せ衰えていった祖父ではなく、元気な頃のままの祖父です。目を閉じても浮かんでくるのは元気な80代の頃の祖父です。でもそれって……きっといい事なんだよね。


明日は告別式。直系の孫で祖父の姓を継いでいる男子は自分だけで、いつの間にやら孫代表、ひいては次代の一族の長者になったようで親族にからかわれてますwww 伯父には娘しかいないためなんですけどね。

では明日しっかり見てきます。最後の別れを。一族がどーとか、男子が一人とかそういうのを抜きにして、祖父を送り出す一人の孫として向かってきます。



今日、祖父にとってひ孫に当たるそれぞれ今年6歳になる男の子と女の子もやってきてました。自分には甥姪にあたるわけですが、女の子の方はしっかり曾お祖父さんが亡くなったという事を分かっていたようで、泣いてました。男の子の方はまだそんなに認識していないのかもしれません。

やっぱり女の子の方が成長が早いのかな、と思った瞬間でした。
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